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nicosmic life --- 心理占星術と未完成な日々

私たちは誰でも宇宙のエネルギーを利用することができる
相性って一体…
何なのだろう。
今日も講座でその話になったけど、相性読みが得意!っていう人っていますか?
私の講座に出ている人は、この話題が耳タコかもしれないけど、私は相性を読むことをあまりおすすめしていない。
一体どれだけの人が、相性読みの真髄に近付くことができているのかも疑問。
私はこれまで、言い伝えられている数々の相性読みを試してみたけれど、結局、どれもこれも中途半端だった。
相性読みの講座では、自分なりに信憑性のあるもの、自分なりに実感できたものを紹介はしているが、必ず前置きをしている。
「本人の持っている対人関係における問題を解消しなければ、相性なんて読むだけ無駄です」と。

相性はそう単純ではない。
生身の人間同士のエゴとエゴのぶつかり合いの、その未来まで含めた関係性を考えるのは気が遠くなるほど難題だ。
「相手が何を考えているのか知りたい」と質問する人は、大抵、自分自身のこともわかっていないし、自分の選択に不安を感じているということは、過去の失敗対する恐れ、または人と向き合うことの恐れがあるからだとも考えられる。
人と人がやっていくには無傷なんかではいられない。
傷つくことを恐れているうちは、相手の人生まで引き受けられるわけがない。
最初が楽しくても後々やっかいになる関係なんて捨てるほどあるし、最初がイマイチでも安定した関係を築くことができる場合も多い。
なにはともあれ、まずは個人の対人力、またはホロスコープに隠された対人関係のもどかしさをを診断する必要がある。
なぜ、いつも同じパターンにはまるのか。
似たような相手に惹かれ、似たような人に苦手意識を感じ、似たような失敗を繰り返すのか。
そこを理解し、対人関係における問題点を探ることが先決だ。

そうやってネイタルチャートを診断しているうちに、対人問題以外の複雑な背景が見え隠れしていることに気づく。
特に5ハウスー11ハウス軸の緊張のネットワークが見つかった場合、彼らは知らず知らずのうちに、自分の問題を相手に投影していることが多いこともわかる。
私の見てきた限り、特に11ハウスの問題は重大だ。
とにかく愛してくれるなら誰でも何でもいい。
無償の愛を激しく要求することもあれば、すべてを投げ出して愛してもらおうと懸命になる。
相手がどんなに愛情を与えても、彼らは「愛が足りない」と感じることもある。
彼らは、5ハウス=愛することを完全に忘れてしまうのだ。
愛されるには、まず5ハウス=愛を与えなければらないのだということに気付かない。
そして、そのうち愛が終わる。

また、その逆のパターンもある。
いわゆる恋愛依存症のような人の場合だ。
彼らは、5ハウスに強いこだわりがある。
恋愛していれば人生はハッピー、誰かに注目されていれば自分の価値が保たれると考える。
それは愛でなくてもいい。
とにかく、刺激的でドラマチックな時間を過ごしたいのだ。
彼らはもしかしたら、何かしらの自己表現の場を求めているのかもしれない。
幼少期に表現の場を奪われた者たちが、5ハウス衝動を恋愛エネルギーに変え、消化しているだけなのではないか?
彼らは、クリエイティブな環境により近いところに生息してはいないだろうか?

それならば、相性ではなく、エネルギーの利用の仕方に問題があるのかもしれない。
そうやって、様々な観点からネイタルチャートを診断し、そういったことを伝えていけば、彼らは次第に相性など気にならなくなっていく。

もちろん、昔から言われている相性の良し悪しを見分ける方法はある。
多くの占星術家は、2重円などを用いて、お互いのアスペクトや入室の天体などを見ていくはずだ。
しかし、しつこいようだが、どのような相性も個人のホロスコープの問題を超えることはない。
どんなに素晴らしい相性の相手を前にしても、個人の抱えている問題や心理的コンプレックスを相手に解消してもらうことも難しい。
本人の努力と相手への理解がなくては、よい対人関係を維持していくことはできないのだ。
長く続いていたおしどり夫婦も、トランジットのタイミングで不安定になることもある。
個人の隠れていた衝動や欲求が強く刺激される場合がそうだ。
決定的な別れを決断する前に、自身の問題と向き合う猶予を持つことも大切かもしれない。

そういった意味で、占星術家は性急な答えを出すことは避けるべきだ。
せっかく出会った相手。
何かの縁はあるはずだ。
合う合わない、うまくいくいかないではなく、その出会いをプラスに変えられるような導きができたら、占星術の技術も役に立つというものだ。
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