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nicosmic life --- 心理占星術と未完成な日々

私たちは誰でも宇宙のエネルギーを利用することができる
マンデン占星術講座から考える――未来予測とはどういうことか
私が日頃行っている通常講座(基礎編、実践編、応用編)では、ネイタルチャートをしっかりよみ、あらゆる質問に答えられるだけのスキルを身につけていくまでを学習する。
ネイタルチャートから考えられる個人の成長過程やパターン、対人関係のメンテナンス、今、問題になっている要素の特定、未来を生きるためのスケジューリング、職業の方向性など、主に個人に焦点を当てたホロスコープ読みが中心だ。
そういった一連の勉強が終わった後は研究生として、月に1回の研究会に参加してもらっている。
そこで、ネイタルチャート読みの復習から始まって、医療占星術、レクティフィケーション、家族の力学の働き、ホラリーなどでさらに占星術の技術に磨きをかけていく。
マンデンもそのひとつだ。

昨日は生徒さんの希望により、マンデン占星術の勉強をやった。
マンデン占星術は、私に教えられることは少ない。
せいぜいハウスの象徴の捉え方や使うチャートの説明程度だろう。

なぜならマンデンを読む技術は、そのチャートを読む本人の知識や経験、社会的感性に頼らざるを得ないからだ。
個人の経済に対する、または政治に対する適切な能力があって、初めてある象徴の適切な側面を拾うことができるということだ。
その素養がないと、マンデンを読むのは難しいかもしれない。
私自身、その点では知識量は足りていない。

昨日の講座では、生徒さんの中に金融業界の第一線で活躍していた人がいたから、私としては非常にやりやすかった。
リーマンショック時のチャートを見れば、その背景にどういった物語が展開していたか、自分の知識や経験と照らし合わせて読んでくれる。
そして、そこに示されている天体の象徴がしっかり実感できる。
つまり時代を肌で感じるという経験は、マンデンでの最高の武器になるということだ。

もちろん、それだけではマンデンは読めない。
検証を続けていくこと。
これが未来予測には必須だ。
基本的に科学というのは、未来の予想を立てるということを目標としている。
ある事象があり→観察し→仮説を立て、理論の適応範囲を知り→予測し→検証し→それを応用し→最終的に未来予測までたどり着く。
これの繰り返し。

ここで重要なことは、単純な因果律で働いていないものは、未来の予測ができないということだ。
そして、観察可能なものでなければ未来予測はできない。
だから、天気予報はまあまあ当たるけど、地震はまったく当たらない(先日、東大チームが「地震の予測は無理!と発表していたね」)というのは、地震とは単純な因果律では働いていないということになる。
株価の予測などもこれにあたる(アナリストたちも苦戦しているね)。

占星術は科学ではないが、占星術にもそういった仮説が成り立つと私は考えている。
個人のこころを科学化するということは心理学の試みであるが、個人の因果律がわかれば、未来の予測も可能であるということだ。
それをアドラーは、「預言的心理学」という言葉で表現した。
アドラーは未来の良くないことを起こさないために、今どうすればいいかを教えるという意味で預言的であると言った。

ということで、マンデン占星術を習得するためには、観察→仮説→検証を繰り返す粘り強さが必要になる。
私のひとつの案として、国の起源図や季節図などにこだわらず、今、一番働くであろうあらゆるチャートを検証してみるのはどうだろう。
なぜなら経済とは、単純な因果律では働いていないのだ。
エネルギーの方向性を理解するために、考えつくあらゆる方面のチャートを分析するのは必須となる。

私はあまり細かい分析は得意ではないので、やはり私の大のお気に入り「サロスサイクル136系」の2009年から2027年までの動向を考えるのが、ざっくりとした流れを考える上で有効だと思っている。
この辺は、私の生徒さんにはおなじみだけどね。
大まかな未来予測をした上で、そこに向かって細かな検証を重ねていく。

「いろいろな人がいろいろなことを言っているから、何が本当なのかわからない」とある生徒さんが言っていたけれど、できれば、観察し→仮説を立て、理論の適応範囲を知り→予測し→検証し→それを応用し→最終的に未来予測までたどり着く…を繰り返して、自分なりの説を獲得することができるといいね。

マンデンも長い道のりなのだ。

昨日の別の講座では、福島第1原発運転開始のチャート(1971年3月26日)が話題になった。
事故直後、あのチャートを作成し、「これはただの爆発ではないな。完全にメルトダウンだな」と大きな不安がよぎったのを覚えている。
汚染水漏れの象徴もはっきりと出ていることがわかるだろう。
このように企業とか、はやぶさとか、人の手によって作り出されたものの予測は比較的しやすいのだが、どうしても読みが後付けになってしまう感は否めない。
自分の好きな分野をコツコツ開拓していくのが、研究としては一番ふさわしい態度なのかもしれないね。

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