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nicosmic life --- 心理占星術と未完成な日々

私たちは誰でも宇宙のエネルギーを利用することができる
象徴を理解するには、自分と真摯に向き合うしかない
昨日、うれしいメールをもらったので報告。

太陽星座を意識するようになって、特に射手座に入ったとたん、世界が眩しく感じています。
オーバーかもしれないのですが、朝日が眩しいと人生が眩しいと感じてしまうぐらいです。
ちょうどキャリアカウンセリングを勉強しているタイミングが天秤座から入ったのですが、他者理解のための深い自己理解のあたりは、さそり座っぽかったですし、射手座に入った瞬間にキャリアをどう教育に取り入れるかという話題になったりで、一人で内と外のシンクロニシティを楽しんでいます。

私は、「太陽サインのリズムで生きる」というのを推奨し、普及させようと努めている。
西洋占星術の太陽はまさに季節と対応しているし、太陽エネルギーは創造性、公的な活動の象徴だし、それ以前に、太陽系の中心であるわけだし。
反対に月は、無意識の自分を振り返るのに向いている。

ということで蠍座の時期が過ぎ、射手座の季節がやってきた。
蠍座の時期は、みんなデトックスが進んだようだね。
部屋の掃除、心の掃除。
いらないものを吐き出し、残しておくべきものを大切に保管する。
私もみんなに影響されて、暇な時間を見つけては書類やら本やらを整理していたら、グルジェフの「象徴について」のレポートを見つけた。

象徴の面白さは、それを理解した時の微かな感動にある。
細い道をかき分けかき分け進んでいくと、ぼんやりとした光があり、そこに手を伸ばすと、光がふっと手の中に収まるような、そんな感動だ。
あ、見つけた…
という感じ。
その道のりに近道はないが、喜びは大きい。
よく「象徴を理解するには直感が必要」というようなことが言われるが、私はそれは違うと思っている。
象徴を理解するには、それを裏付けるだけの知性と経験、そして想像力が必要だと考える。
想像力というのは、常識からこぼれ落ちた、例外を理解する力と認識してもらえるといい。

例えば、金星を「楽しみの感覚」「対人関係」とだけ読んでいても、どうしても読み切れない時がある。
時には、想像力を持って、未知な「金星」の象徴に飛び込んでいかなければならないこともあるのだ。
それが象徴理解の一番の醍醐味なんだと思う。

前にもブログで書いたけど、象徴は貯水庫のような沼で、奥のほうに手を突っ込んでみないと何が出てくるかわからないような、そんな曖昧さがあるから、だから原理だけ学んだら、あとは自分で実感してみるしかないのだけれど、講座ではチャートごとに、様々な言葉で表現しようと試みるが、やはり伝えるのは難しいといつも感じる。
だから、これから象徴を学ぼうと思うなら、焦らず、じっくりたどり着くことを目標にするといいかもしれない。

私もそうだったが、象徴はこころに触れないと何も残らない。
柔らかく、形のない、瑞々しい。
象徴は、不思議なものだ。

けれど、象徴の体系は論理的だ。
ホロスコープでもタロットでも幾何学図形でも何でも、明確な体系を持っている。
月と水星のセット、または私が知性と理解のラインと呼ぶ柔軟サインの支配星――水星・木星・海王星を考えれば、物事を学ぶには硬化と軟化の双方の理解が必要なのがわかる。

グルジェフはこう言う。
象徴を説明で置き換え、説明の言葉として伝えるならば、解釈は硬直化し、意味ははぎ取られ、曇りが生じる。そして象徴そのものを理解せず、説明だけで象徴を解釈する者たちに致命的な錯覚を持たすかもしれない。真実は錯誤の殻に包まれて伝えられるようになり、それを破って核心に到達するには、多大な努力が必要となる。
言語化された思考から、その内的な意義とそこに宿された精神的な力をくみ取ることは、一定の成長の段階と、学ぶ側の努力を必要とする。
宇宙の仕組みを知ろうとするうえで、人間は自己を知ることに向けての道を避けることはできない。

すべての物事は”As Above, So Below”(天地照応)である。
自分の中にひたすら降りていくことで、むしろ天地とつながっていくのだ。
だから月と海王星・冥王星は、一番近い天体↔一番遠い天体として水のエレメントでつながっている。
結局象徴を理解するということは、自分と真摯に向き合う姿勢が一番の近道になるということなのだ。

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