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nicosmic life --- 心理占星術と未完成な日々

私たちは誰でも宇宙のエネルギーを利用することができる
蠍座土星とファウスト 折り返し地点で立ち止まってみた
ある生徒さんから、メールをもらった。
とても印象的なメールで、それから私は本棚の奥のほうから新約のファウストを取り出して読み直し始めている。

哲学、法学、医学、神学の四大学問すべてを究めてもなお、魂の歓びにたどり着けずにいたファウストに、メフィストは魂を差し出すという条件で、世界を、人間のこころと精神の正体を見せることを約束した。
その後ファウストは、享楽に、特に恋愛に耽るものの、やがて人間には片時も満足はないことを知り、盲目なった後の晴れやかさを喜ぶ。

ファウストのあらすじはこんな感じだが、その中のある節、私の頭の中にある、ある節と送られたメールが重なって見えた。

いっぱしのことを知っているという気負いもないし
他人に教えを垂れ、聖堂に導いて
別人に変えられるという自負もない。
おまけに金や田地の持ち合わせもなく
これという地位も名誉もあるわけでなし。
そこれおれは魔術に身を投じた、
大自然の霊と語らい、その力を借りて
いくばくかの秘密をつかめると思い、
冷や汗をかきながら、わかりもせぬことを
言わずようにすむようになりたいと願い、
この世界の根源を突き止めようとした、
宇宙万有の奥の奥でつなぎとめるものの正体を。

ここ一年、社会を通し、コンサルテーションや自分の体験を通し、蠍座土星の意味を考え続けてきた。
真相が明らかにあったものもある。
無駄なものは、人生から吐き出されていったかもしれない。
それでもなお、捨てきれない深い欲望の塊が、こころを支配することもある。
ある欲望を達成しても、終わりのない欲望が襲いかかることもあったかもしれない。
人間関係の中で無力を感じた体験もした。
力を発揮できるどころか、自分の力不足ばかりが目立つこともあった。

今日のコンサルテーションでも話したが、土星とは現実感である。
現実感は、真実ではない。
ここが、土星がコンプレックスや苦手意識につながる鍵になっている。
自分の年齢にふさわしい現実を生きていないことの恐れや不安。
人に比べてうまくできていないと感じ、自分にプレッシャーを与える。

本当にそうなのだろうか。
私は、彼らは、本当にできていないのだろうか。
社会から、そう思わされているだけではないか。
または、自らの土星のパターンにはまってしまっているだけではないか。

これが土星の憂鬱の源となっている。
だから、まあ、土星に負けないためには、頭の奥から聴こえる「常識」に耳を貸さないことが一番だね。

蠍座の土星は、他者の価値――資質、才能、財産、愛、肉体に対し焦点を当て、自分が劣っているという現実感を与える。
そして、私は「何も持っていない」と落ち込む。
または、「私は人とうまく分かり合えない」という他者理解に対するコンプレックスを与え、人との断絶や孤独を作り出す。

ここが折り返し地点となっている。
2014年12月23日までの、また射手座に入り、逆行して2015年の9月18日まで、私たちは蠍座の今度はポジティブな側面を利用する必要がある。
欲望の源にたどり着き、それが手に入らない理由と手放す必要性を知る。
他者に近づき、他者の持っている価値を吸収し、自己価値に新たな可能性を蓄えていくことで、自分ひとりではたどり着けない領域に向かう力を得る。
または、他者に自身の利用価値を見出してもらうこともできるかもしれない。

私たちは好都合なことに、今、冥王星□天王星の時代を生きている。
ここで鍵になるのは、「懐かしさを感じる体験」だ。
天王星は温故知新の、冥王星は奥深い体験のそれぞれ意味を持つ。
知らず知らずに積み重ねてきた自己の財産に気づくには、懐かしさを感じさせる、記憶を呼び覚ます体験に触れることだ。
それが自分の本性に近づく、ひとつの秘訣だ。
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