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ナラティヴの天才の死――追悼G・ガルシア・マルケス
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コロンビアの大作家G・ガルシア・マルケスが4月17日に亡くなった。
86歳という年齢も関係するかもしれないが、私は彼の死を少しも悲しんでいない。
むしろ、ほっとしている。
2012年に認知症を患ってからというもの、彼はもう既にこの世ではないどこかに行ってしまって、きっとその場所は彼の想像の世界によく似ていて、だから彼はハッピーで、死は彼にとっては所詮、肉体の終わりにすぎないはずだからだ。

2011年10月6日のブログ「追悼スティーブ・ジョブズ」にもガルシア・マルケスについて少しだけ取り上げたが、追悼の意を込めて、再度、彼について記しておきたい。

彼の自伝的著書「生きて、語り伝える」の冒頭にはこう記されている。

人の生涯とは、人が何を生きたかよりも、
何を記憶しているか、
どのように記憶して語るかである。

私が自伝的と書いたのは、実はこの言葉にある。

日本の哲学者・坂部恵氏は、語りーナラティヴについて、かたりと言語行為は「高度の反省的屈折をはらみ、ときに誤り、隠蔽、自己欺瞞などに通じる可能性をもつ」と言った。
ガルシアマルケスの自伝は、そういった意味でも、まさに語りだ。
というか、彼の著書はすべて、この語りーナラティヴによって作られている。

ウソのような本当の話。
本当のようなウソの話。

彼は、真実と虚構の世界を行ったり来たりしながら、「百年の孤独」という壮大なドラマを書き上げた。
前のブログにも取り上げたが、魚座に4つの天体を持つマルケスの非常に魚座的なセンテンスを再び書き残しておく。

私は、現実離れした混乱したかたちではあったが、知ったのである――この世にははかりしれない神秘が存在していて、それは、まだ出会っていないものであるにもかかわらず、まるですでに知っているかのように強力に私の心を乱すものだということを…

同著の中で、自身の誕生のエピソードをこう書いている。

いずれ男7人と女4人となる子供のうちの最初のひとりが、1927年3月6日、日曜日、午前9時、季節はずれの嵐のような大雨の中で生まれることになった。地平線近くには牡牛座がのぼっていた。その子は臍の帯で危うく首が締まるところだった。

もちろん、彼のホロスコープのASCが牡牛座というのは間違いない。

彼の自伝の真偽などは、私にとってはどうでもいい。
語りというのは、過去から現在に至る累積された経験のメッセージが込められている。
生きた時代の色や匂いや音といった歴史の産物とともに、個人と集合体の合作として語りは生まれている。
その真偽をどう図ることができるだろう。
その危うさが私にとってのG・ガルシア・マルケスの魅力であり伝説である。

彼はきっと今頃、百年の孤独から目を覚まし、愛に満ちた死を生きているのだろうと私は楽しく想像している。
なので、彼の死を私は少しも悲しんではいない。

ちなみに、昔「個人史としてのホロスコープ」というブログを書いた。
そこにも、少しだけ個人の語りについて記述してあるので、暇だったら読んでみてね。

おまけ。
ガルシア・マルケスから名前をもらったガルシア君。
今日は物憂い感じ。

ガルシア・マルケス
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