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nicosmic life --- 心理占星術と未完成な日々

私たちは誰でも宇宙のエネルギーを利用することができる
世界を構成しているのは言葉である
カイロン大阪に参加の皆様。
先日も楽しく、本当に楽しく講義をさせていただくことができました。
いつものように皆さんの熱心な学びの姿勢に後押しされ、すっかり燃え尽きることができました。
帰りの新幹線は、いつも心地よい疲労感です。

大阪の方々とは付き合いも長くなりましたね。
毎月、毎月、通っていただいて、私の大阪での居場所――温かく居心地のいい環境――を作っていただいて、それに応えるように、私も良い講座を行うモチベーションを保つことができ、この仕事をやってきてよかったと心から幸せを感じています。
なので、今回のハウス読み講座で私の講座は最後ですとお伝えした理由は、もう皆さん、たくさんのことを学んでくれたので、今後は、私が一方的に講義をする講座ではなく、これからは一緒に勉強する研究会というスタイルで心理占星術を学び続けてくれたらうれしいなと思っているからです。
東京でも一連の「習得コース」が終わった後は、やはり気軽に参加できる勉強会、研究会に移行していきます。
そのほうが、皆さんとの距離も縮まり、気軽に質問し合えたりして、学びがより深まるのです。
なので、伝えたいことはまだまだたくさんありますので、今後は一緒に考えていく時間を作っていけたらうれしいです。

こういった想いで始めたハウス読み講座。
今回は、様々なハウスシステムの利用の仕方の講義から始まり、ナラティブセラピーを利用して、「ハウスの物語を変化させる」というのをやりました。
先日のブログでも書いたように、ハウスは「私」と「社会」の相互関係、相対的な世界を示すものです。
サインのような既成事実---乙女座は細かい、射手座は飽きっぽいというような――に縛られることもなく、天体の力学のパターンに引っ張られるのでもなく、ハウスは「社会」に対する印象として、そこにあるものです。
なので、今回は社会構成主義の考え方を取り入れ、スムーズで生きやすいステージを手に入れるというのをやってみようと試みたのです。

社会構成主義の主軸となっている考え方は、「世界を構成しているのは言葉である」。
この考え方は、宗教や哲学にも通じるもので、新約聖書「ヨハネによる福音書」第1章と同じ意味を持っている。
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はじめにことばがあった。
ことばは神と共にあった。
ことばは神であった。
すべてのものは、これによってできた。
できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。
このことばに命があった。
そしてこの命は人の光であった。
光は闇の中に輝き、そして闇はこれに勝たなかった。
そしてことばは肉体となり、わたしたちのうちに宿った。
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世界を構成しているのは言葉である。
言葉がなければ、私たちの世界は闇に覆われてしまう。
言葉は光であり、肉体である。

それ考える時、私はいつもヘレンケラーのあの有名なエピソードを思い出す。
原因不明の高熱によって、聴覚と視覚の機能を奪われたヘレンケラーが「世界」を取り戻したあの瞬間の物語。
言葉を取り戻す前の、秩序もなく、意味もなく、縦横無尽に世界を生きる野生児のようなヘレンケラーに、サリバン先生が世界の意味を気づかせたという逸話。
ポンプ小屋に連れて行って、持っているコップに冷た水を注ぎこんだと同時に「水」と指文字で書くと、その瞬間、ヘレンケラーの顔色がさっと変り、コップを落して打たれたようにじっと考えこんでしまった。
彼女の顔に、いつもと違う輝きが現れはじめたという。

言葉と意味がつながることによって、はじめて私たちの世界に光が当たる。
見えていなかったもの=闇から、見えるものに変わると、その風景も変わる。
月曜日、体操教室の仲間と鎌倉ハイキングに行ったのだが、途中、穴ぼこの前を通り過ぎる際、「これは竪穴式井戸だよ」と伝えると、「へーっ」となったが、つまり、見えていなかった景色の中に「井戸」が存在したということ、「井戸」という言葉があって、はじめてそこに井戸のある世界が存在するということだ。

社会構成主義が主張しているのは、世界がまずあって、それを言葉で表現するのではなく、言葉が先にあって、その言葉が指し示すようなかたちで世界が経験されるということ。
つまり、世界が言葉で表現されているのではなく、言葉が世界を構成しているということだ。
私たちは客観的事実ではなく、言葉をたよりに現実を認識し、自分の生きる世界を構成しているのだといえる。

そして、穴ぼこから井戸へ、井戸から鎌倉ハイキングの思い出へと物語が進み、ひとつのナラティブが完成する。
なんでもない月曜日に、暑くて疲れた物語なのか、それとも気持ちよく楽しい物語かが加わる。
物語が完成すれば、それが「鎌倉」という世界を構成する。

「物語」は現実を組織化し、混沌とした世界に意味の一貫性を与えてくれる。
逆にいえば、現実がよく理解できないというのは、適切な物語が見つからない状態だということだ。
つまり「物語」は、現実を組織化する作用を持っていると社会構成主義は考える。

なので、物語は語られなければならない。
混沌とした状態でいるなら、今の自分を語るのがいい。
穴ぼこだと思っていたものが「井戸」だととわかれば、自分の生きている世界が光りを取り戻し始め、そして自分が明らかになっていく。

では、言霊とはどういう意味か。
その辺は、また次回、考えてみようと思う。

今回の講座は、ナラティブセラピーの概要を学びましたが、次回のハウス読みでは、物語の構成方法を学んでいきたいと思います。
「10ハウスについて語りを掘っていくうちに、そもそも、自分のすべてが覆る気がしてきています」という感想もいただき、今後どうなっていくのか不安もあるところですが、あと2回、丁寧に講義を進めていきたいと思っています。
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