
嵐山。
桜はだいぶ散ってしまっているけれど、山を彩る春色がとてもきれい。
春霞の空の下、すっかりご機嫌にブログを書きながら、公美ちゃんと到着を待つ。
明日のカイロン大阪のライティング講座、とても楽しみ。
最近、水星のシステムやnicoPla.netなどの赤入れなどで、言葉について考える機会がとても多かったので、参加者の方々と「言葉」「書くこと」について話をしてみたい。
古代ギリシャでは、水星を神の使い=メッセンジャーであるメルクリウスと照応させている。
私たちは誰に向けて、または何のために、日々言葉を発信しているのだろう。
では、言葉がすべてかというと、実際はそうではない。
言葉と心が一致しないもどかしさ、言葉を信用しきれない不安というのはいつもある。
行違ったり、空回りしたり、「言葉」はいつだってトラブルのもとだ。
言葉が宙に浮いて、真実が置き去りにされるのを感じると、とても空しい気持ちになる。
それでも人と社会と交流するためには、自分の思いを言葉にする努力、相手の言葉を理解する努力から逃れることはできない。
2013年に「言葉の力を考える」というブログを書いた。
そこにルネッサンス書簡集より、ペトラルカの言葉を載せた。
双子座ー射手座の満月を前に考える――言葉の力
そこに、ことばはいきいきと魂を告げ知らせ、魂はことばを操ります。
ことばは魂に依拠しています。
魂は胸底にひそみ、ことばは人前に出ます。
(中略)
とはいえ、魂の世話がよくなされている場合には、ことばもなおざりにされているはずがありません。
逆にまた、魂に威厳がそなわっていなければ、ことばの品位のそなわるはずがありません。
いつも言っている通り、水星は完全に太陽の重力によって存在している。
つまり、太陽の持つ精神性、哲学、人生観、そういったものが備わっていないと、言葉は空虚なままだということだ。
私たちは誰に向けて、または何のために、日々言葉を発信しているのだろう。
太陽の存在を感じつつ、自分を明らかにする言葉を見つけてほしい。
そして、個性あふれる言葉で私を大いに刺激してほしい。
おそらくそのために、私はnicoPla.netをやっているのだと思う。
明日のライティング講座、どんなことを伝えたいのか、伝えられるのか、どうぞ楽しみにいらしてください。
午後の実践読み講座は、いよいよ時期読み。
こちらも、「時」について考えていきましょう。
天体のサイクルについて、回帰図などについても学ぶ予定です。
朝から長丁場になりますが、皆さん、どうぞよろしくお願いします。
nico
スポンサーサイト
| ホーム |