nicosmic life --- 心理占星術と未完成な日々

私たちは誰でも宇宙のエネルギーを利用することができる
あなたの太陽は、他の誰かの人生の道しるべになる
先日、オイリュトミーの舞台を観た。
オイリュトミーは通常、群舞で踊るものだか、今回の公演は、それぞれが構成した演目でソロで踊るというものだった。

凝った舞台設備も音響効果もない。
ただ、ピアノ、バイオリン、詩の朗誦(万葉集や古今和歌集も)などに合わせて、言葉や音楽を踊るだけ。
なのに、空間には色や風景が広がり、香りが立ち込め、見る人々を魅了した。
オイリュトミストの息遣いが、作品に命を吹き込んでいた。

舞台を鑑賞した夜、ステージで輝くダンサーたちのそれぞれの存在を思いながら、ホロスコープの太陽の重要さについて、改めてて考えてみた。

私の講座を受けた人は、太陽がどれだけ重要かについて、一番最初の講義で聞かされることになる。
”私の太陽系”を維持するためには、太陽が99.8%の重力で惑星全体を統括しなければならない。
つまり、太陽が機能していなければ、”私の太陽系”は破たんするということだ。

太陽が機能するということはどういうことなのだろう。

太陽の象徴の代表に”自己表現”というのがある。
獅子座=5Hの象徴と共有しているテーマだ。
太陽=獅子座について、よく「自分の好きなことをし、楽しみながら自分を表現する」とか言われる。
本当にそうか?

蟹座から脱出した幼稚園児なら、お砂場で好きなものつくって楽しむこともあるだろうけど、大人になったらね、向かい側の天王星=水瓶座の存在を無視して自己表現なんて、何かやっぱりナンセンスのように思うよね。

向かい側に天王星=水瓶座を従えた太陽は、責任を伴う。
美辞麗句だけを受け取れるわけではない。
本気の勝負であればあるほど、本気の批判や痛みを引き受けなければならないこともある。

講座の中で、太陽ー天王星の補完関係のくだりで、”リーダーが育たない日本”ということを言うことがある。
日本では太陽をうまく表現することができない人が多く、よって人の太陽表現に対し、「陶酔か批判か」の図式になることが多いということだ。
または、天王星=水瓶座の”お互いの個性を認め合う”という感性が育ちにくいというのもあるかもしれない。
とにかく、この補完関係は、本気で太陽を動かしてみないことにはわからない軸なのだろう。

で、太陽が機能するって何だろう。
太陽=獅子座のパースペクティブは”関係性”なので、太陽の機能として、「人に向けて」「人との関係性の中で」というのは重要である。
”光を放つ”というように、自己存在を外に向けて影響力を放出していかなければ太陽表現とは言えない。
そして、その光が、その熱が他の誰かのものとに届けられたとき、太陽はその役目を果たしたと言えるだろう。

空を見上げると、無数の恒星が輝いている。
それら恒星は、我らが太陽と同じように銀河の一部である。

もし、道に迷って空を見上げた時、自分の生き方に迷ったとき、未来に不安を感じたとき、恒星の輝き、つまり誰かの太陽がその行き先を教えてくれることがある。
その輝きが痛みを和らげ、癒してくれることもある。
うっとりするような美しさが、私の中の創造性を刺激し、生きる勇気を与えてくれることもある。

太陽は、自分のためだけにあるわけではない。

オイリュトミー公演を見た後、空に星が浮かんで見えた。
あちらの方向に進んでいこう。
そんなふうに思うことができた。

それが私の今年の冬至のテーマだ。
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