nicosmic life --- 心理占星術と未完成な日々

私たちは誰でも宇宙のエネルギーを利用することができる
選挙とサクシーデントハウス
仕事の合間、選挙公報を片手にお茶を飲む。
悩ましい。
オリンピック開催の喜びもつかの間、前都知事の猪瀬氏は失政というよりは、限りなく自滅に近いかたちで辞任した。
都民としては、頭の切り替えが追い付かない。

先日、池田信夫が「反原発という老人福祉」という記事を読んだ。

そこで彼らが思い出すのが、学生のころの「反体制」の興奮だ。そこには社会を変革するという目的があったが、反戦・平和も、その理論だった社会主義も色あせた。そこに起こったのが原発事故だ。これはベトナム戦争以来ひさびさに出現した絶対悪だ。世間から忘れられた老人が飛びつくのは当然だ。彼らの政策に中身がないのも、それが目的ではないからだ。人生の目的を提供する老後の心のケアは重要なビジネスだが、日本でこれから宗教を起こすのはむずかしい。その目的を提供するお手軽な代用品として、かつては一国平和主義があったが、今は反原発がある。それは政治運動としては意味がないが、暇つぶしを提供する老人福祉としては意味がある。

70過ぎの候補者を見ると、「原発は今すぐに廃止すべき!」と鼻息が荒い。
都知事選に反原発云々が必要かどうかは別として、彼らの老後の居場所づくりために都税を使われるのもなあ…と、何か空しい気持ちにもなる。
反体制が彼らの天王星期のエネルギーになるのはよくわかる。
太陽の盛りもとうに過ぎ、土星の役目を終わらせた後の、ひとつの生きるための楽しみのようなものなのかもしれない。
それが「社会のため」となれば、彼らの太陽の活性化=生命力にもつながる。

選挙は、いつも私を混乱させる。
帯に短し…の候補者を前に、無力さを感じることもある。
けれど、「選挙に行かない」という選択肢は私にはない。
都税を納めている身として、権利を行使(行使の意味には「人や物や能力などを使うこと」というニュアンスも含まれる)したい、大切に扱いたいと思っている。

選挙は義務ではない。
法的罰則はないわけだから、自分の意志の力が問われるわけだ。
それは単なる社会参加ではなく、自己の財産の安全を守るため、自己表現の場として選挙権を利用する、2ハウスー5ハウスの活動となるだろう。
そして個人の意思が、8ハウス=冥王星、11ハウス=天王星と社会全体の動きとなっていく。
「誰が都知事やっても同じ」と傍観し、権利を投げ出すということは、自分の存在を軽んじていることにも通じるような気がする。

たかが都知事選、されど都知事選。
一事が万事、自分の持てる財産を有効利用するという2ハウスは、太陽ー5ハウスー自己存在の明確化へとつながっていくはずだ。
たとえ白紙投票でも、投票することで私の「権利」は行使されるわけだから、2ハウスを守るため、5ハウスの自己表現の機会と考えて、2月9日の選挙に行こう!
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