nicosmic life --- 心理占星術と未完成な日々

私たちは誰でも宇宙のエネルギーを利用することができる
helping peopleと境界線 天王星の話
土曜日は、すごい雪だったね。
東京中がまっしろしろすけになって、本当に何もかもが白くて、夢の中にいるような気分になった。
土曜日の午前中の講座は、そんなおかげもあってか、いつも以上に自己開示が進み、ゆっくり話ができた。
みんな、これから良い方向に進むといいね。

オリンピックも開幕し、都知事選も終わったのにも関わらず、水星の逆行も伴ってか、毎日、ぼんやりしている。
夜は懐かしい風景の夢ばかり見る。
2005年に永眠した愛犬・ルパンと野原を駆け回る夢も見た。
毎日、夢から覚めるのが切ない。
といっても、ずっと夢の中にいるわけにはいかない。
春に向けて、少しずつ動きのイメージを作っていこう。

今日は天王星の話。
この前の授業で、「どうも天王星とhelping peopleのイメージが結びつかない」という発言をしてくれた方がいたので、ちょっとそのことについて。

天王星。
私がまだ占星術を勉強したての頃、ある先生が天王星のイメージとしてホワイトボードに”変”という漢字一文字を書き、クラスメートが私を見て大笑いしていたのを思い出す。
変わり者、個性的、唯我独尊、エキセントリック、孤独を好む、反抗的…
恐らく、どのような占星術本を手にとっても、天王星の象徴にはこんな言葉が並ぶだろう。

めちゃくちゃ天王星タイプの私は、これらのボキャブラリーに当然抵抗がある。
そのように言われる理由はどこにも書いておらず、ただ象徴として断定されることに、まず違和感がある。
本当にそうなの?
誰が何と言おうと、私には、ちっとも当てはまっている実感がないけどね。
こういった葛藤が、占星術をもっと真面目に勉強したいいうモチベーションになったのだろうけど。

私の救いとなった解釈は、やはりノエル・ティルの月の欲求だろうか。
水瓶座の月の人には、「いつも人々の役に立ってくれてありがとう」そう伝えてあげましょう。
ティルはこう書いていた。
それまでは、どの占星術本のどの象徴を読んでもどうも眉唾だった私であったが、月を理解されるということは、こうも心が安らぐものかと、その時、初めて占星術を身近に感じることができた。

いつも人々の役に立ってくれてありがとう。

天王星には、人道的、社会奉仕といった象徴があることは、多くの人が理解しているだろうが、前出の「変わり者、個性的、唯我独尊、エキセントリック、孤独を好む、反抗的」といった象徴と、どうもうまく結びつかないという。
このブログでも天王星についてちょいちょい書いているので、あんまり詳しく書かないけれど、天王星はアウタープラネットであるということを忘れてはならない。
天王星は単に土星を否定する役目を担っているわけではなく、時代の、人々の目に見えない心の声を拾い、それらに反応し、知性化し、太陽意識に反映させる力を持っている。
つまり天王星は、太陽=未来の自己像を創造するためのアンテナ機能ということなのだ。

太陽が未発達な場合は、当然、様々な心理的問題を作り出していく。
人々の反応に敏感すぎ、自意識過剰になり、突発的で不安定な自我を育てることになる。
太陽がうまく発達した場合、天王星が同時代の人々の声、目に見えない人々の思考をキャッチし、意識的にせよ、無意識的にせよ、既成概念や既成の社会システムにとらわれることなく使命感としてそれらを人生に反映していく。
その結果、時代に先駆けたムーブメントを創り出すこととなる。

例えば、ライト兄弟は、太陽・天王星がコンジャンクションした1903年12月17日、人類初の動力飛行を成功させた。
月と水星に天王星がスクエアとなっている兄・ウィルバー・ライトは、人々の「空を飛んでみたい」というこころの声を聞き、その思いに答えたのかもしれない。

では、helping peopleとはどうしてだろう。

天王星は土星を超えた世界に意識が向く。
社会システムからこぼれ落ちた人々、社会が見落とした人々の声が聞こえる。
そして、そこに光を当てなければならないという衝動が起こる。
その結果、helping peopleということになる。

無意識の声を聞いたフロイトは、太陽・天王星の合をネイタルチャートに持っている。
人格の秘密の領域に触れたユングは、月・天王星のスクエアを持つ。
自己実現理論で有名なマズローは、太陽・月に対し、天王星がスクエアを形成する。
日本人で初めてユング派分析家の資格を得て、箱庭療法を日本に持ち込んだ河合隼雄も太陽□天王星を持っている。
挙げればきりがないほど、天王星は常に人に関心を向け、人を新しい時代へと導く。

けれど、人を助けるためには、もうひとつの能力も必要となる。
それが天王星の象徴のひとつ、人との距離感を保つということだ。

フロイトの精神分析の中に、転移(患者が過去に自分にとって重要だった人物(多くは両親)に対して持った感情を、目前の治療者に対して向けるようになるという現象)、逆転移(治療者の側に未解決な心理的問題があった場合、治療場面において、治療者が患者に対して転移を起こしてしまう場合)という考え方がある。
今回は逆転移について考えてみる。

人助けをする際、例えば、過剰にクライエントに共感や同情を寄せ、知人のような個人的な関係にまで発展させてしまうと分析やカウンセリングの失敗を引き起こし、破滅的な結果を招く場合がある。
不自然な信頼関係や個人的な人間関係を安易に築き、それを維持し、克服すべき「見捨てられるかもしれないという不安」を結局のところ強化してしまうという「善意から生じる副作用」を引き起こすこともあるのだ。

どんなに特別扱いをしたい感情や同情が起きても、一見、冷たい対応に見られたとしても、現場では、決まった時間と空間における信頼関係を前提とすることは、私たちもクライアントも、結果、安定と効果を得ることができる。

これは、カウンセリングなどの特別な人間関係に限定されることではなく、恋愛関係や友人関係などの人間関係一般にも言えることだ。
自分が責任を持って背負うことができる以上の相手の依存心や愛情欲求を安易に引き受けることは、相互的破綻や心的外傷を引き起こすこともある。

だからこそ、人助けには距離感や客観性が重要となってくるということだ。
私たちの仕事は、過度な期待を寄せられ、奇跡を求めてくるようなお客さんが多い。
そして私たちは、どちらかというと海王星的なインスピレーションや一体感を必要としてしまう。
果たして、本当にそうなのだろうか。
今、相手に本当に必要なものは何か、適度に距離を置き、客観的に相手を理解する冷静な知性も必要なのではないか。
それができて初めて、helping peopleができるのではないだろうか。

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