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nicosmic life --- 心理占星術と未完成な日々

私たちは誰でも宇宙のエネルギーを利用することができる
ニコラボ植物観察会① まずは緑の美しさ、木々の在り方に触れてみる
その前に、ニコプラネットからGWのお出かけ情報のお知らせ。
牡牛座のアーティスト、レオ・レオニやダリをはじめ、nicoや丸尾陽介氏が心理占星術的観点から様々な作品を紹介。
ぜひ、眠っている感性を目覚めさせ、世界の見方を広げてみませんか?
↓ ↓ ↓
牡牛座期、アートで楽しむGW!


【P4P協賛 第1回ニコラボ自然観測ラボ】
平成最後の日。
雨が降ったり止んだりの砧公園にて、ニコラボ初の自然観測会を開催。
諏訪でP4Pという活動をする美貴子さんの植物愛とフレッシュな企画のおかげで、こんなにステキな会を設けることができました。

ヨーロッパから渡ってきた様々な植物の象徴――カルペパー、バッチ博士、シュタイナーなどが提唱している考え方――をうまく自分の中に取り込めず、これまで放置してきた。
実際、樹木たちは、私たちにとってどのような意味や働きがあるのだろう。
例えば、オーク。
神話的象徴として、古くからオークはユーピテルに捧げた木として知られている。
カルペパーもオークをジュピターに象徴を置いている。
ゲーテ・シュタイナー科学的には、オークは火星の象徴である。

このような象徴のブレやずれを一度しっかり体系化したい、象徴の意味を実感をもとに捉え直してみたい。
そのためにも、木々が置かれている環境と生態、そして観察による理解によって、木そのものの経験に基づいた新たな価値を生み出していくのはどうだろう。
それが今回の会の目的の一つだった。

けれど、そんな難しいことをごちゃごちゃ考えず、まずは木々のエネルギーを感じてみるのはどうだろう。
そんなふうにして始まった第1回植物観察会。
仙台でフラワーエッセンスの講師をしているべんてんさんの情報量満載の解説のもと、目に留まる植物を気の向くままに観察していきます。

オークだけでなく、ホワイトチェストナット、ホーンビーム、トチノキ、キリ等の樹木を見ながら、「これは水星だねー」「これは月、水星のブレンドかもねー」などと意見をシェアしていきます。

べんてんさが「それぞれのオークとどう出会ったか」という言い方をしていましたが、樹木というのは不思議なもので、どこかの記憶に結びつき、それぞれの心の中に存在しています。
祖母の家の大きな栗の木、実家の中庭の見事なハクモクレン、お気に入りの散歩道のひっそりとたたずむ山桜、天國ハイキングコースのイチョウの家族…私にもいつか見た木の記憶があり、木の象徴の理解に結びついているものです。

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植物の名前を知らない!という人もいましたが、ヘレン・ケラーのエピソードにあるように、名前を知るということは暗闇に光を当てることでもあります。
これまで通り過ぎていた景色が色づき、世界に広がりが生まれるのです。

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さて、私たちはオークにどのような解釈を当てたのでしょうか。

みねんこさんは、こんなコメントを寄せてくれました。
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樹木観察会でオークは木星と火星のどちら?という意見交換をしてみて。
火星はやはり個人軌道(意識)を社会範囲まで広げる挑戦なんだろうなと感じました。
木星軌道とはとても離れてるもんね。
そして自分自身をよく知るには世界の存在が不可欠。考えが違う人たち、その背景や文化が世界。自分オリジナルも人のオリジナルもある。
いま時期、射手座の木星の危うさは、選ぶプロセスが面倒になり、イージーに大きなムーブメントに乗っかり安全ゾーンに入ること。大きな木に寄ると取り込まれる。自分らしい成長を抑制されることもある。
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この続きはまた明日。
新年号スタート 「無駄に続ける努力」をやめて「剪定作業」を行う
なんとかここまでやってきた。
平成の終わりを迎えるにあたり、これが正直な感想だ。

誰にとってもそうだっただろう。
皆がそれぞれの様々な次元で同じようなことを感じているのではないだろうか。
なんとかここまでやってきた。

バブルの崩壊があった。
就職氷河期があった。
リーマンショックがあり、派遣切りがあり、ワーキングプアが話題になり、そして311もあった。
政治も経済も、決して楽な道のりではなかった。

その中で個人は個人で、それぞれの次元、それぞれのやり方で苦難を乗り越えてきたはずだ。
何かしらの虚しさ、何かしらの喪失感のようなものを感じながら、平成という時代を生きてきた。

ここ最近の講座や勉強会で散々「平成から令和へ 土星・海王星から土星・冥王星へ」の話をしてきたが、話しをするたびに、私自身、その意味の重要性を実感してきた。

先日の経団連会長の発言「経済界は終身雇用を守れない」。
これを聞いて、もはや驚く人はいないだろが、平成から続いている「日本型雇用システム」の終末に拍車がかかることは間違いない。

かたちあるものは崩れ去っていく。
これは、むしろ平成のキーワードだった。
サラリーマンという気楽な稼業、経済大国、優良企業、ものづくり、製造業立国、平成という時代の中で日本が手放したものは多い。
そして新年号を迎え、占星術的に言えば山羊座・土星のリターンを迎え、新たな国の、企業の、個人の在り方に向き合う時が来た。

もはや嘆きや悲しみの中にとどまり続け、弱者として生きることはやめて、自分たちなりのやり方で再生を目指していくべきではないか?

また改めてレポートするが、今日私たちが砧公園で観察し、暫定的に結論づけたオークの蠍座→射手座→山羊座の再生の物語ではないけれど、失われたものを手放せないでいるのは、未熟なオークの人(火星・蠍座)の在り方と言えるかもしれない。

ジュリアン・バーナードがオークについて書いた言葉通りである。
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実際にうまくいく見込みがないことに奮闘しているように見えるのは、本当の問題を覆い隠す一つの方法と言えます。ある種の抑圧であり、現実に向き合おうとしていない状態です。
そのようにしてオーク的タイプの人は、勇敢で明確な目的を持っているように見えて、実は行き詰っているのです。彼らは一度決めたらなかなか決心を変えられないため、人生を見直し、再評価して、位置づけを新たにする助けを必要としています。
オーク的タイプの人は、自分の忍耐強さを確かめられる責任を探し、それによって本当の問題である魂の学びに直面することを避けているのです。
助けを必要とする人を引き寄せ、頼りがいある人として人の重荷を喜んで引き受けます。問題のある人生に順応し、問題などないかのように懸命に取り組むのです。
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オークは再生のため、問題のある枝を断ち切り健康な枝を残す。
断腸の思いでその身を絶つ。
この勇気が蠍座=冥王星から射手座への飛躍の機会をつくるというわけだ。

平成から令和の時代、天体配置も土星・海王星から土星・冥王星の時代へとその流れを移す。
生き残る方法として、私たちは本能を駆り立てていく必要、つまり土星・冥王星に対抗するために、もともとの火星力=生命力を呼び覚ます必要がある。

私たちは何を切り捨て、何を残すべきなのか。
無駄の多いやり方、金のかかりすぎる経費、結果の出ない研究……そこに未来はあるのかないのか。

射手座・木星の飛躍の機会を生かすためにも、私たちは「頑張っているふり」「無駄に続ける努力」をやめて、「生き残ること」「成されるべき未来を生きること」を真剣に考えてもいいのではないだろうか。
そのためには、やはりまず剪定作業が必要なのかもしれない。

そこで残した枝を「らしさ」として、「個」として、その力と価値を育て(=牡牛座・天王星)、新しい年号をなんとか乗り切っていければいい、そのように思う。
でも、その際は弱者としてではなく、顔を上げ、明るい未来を信じて生きる「私」でありたい。
その期待やその理想が崩れてからの、「私」の進むべき道
心理占星術では太陽、水星、金星のコンタクト、または木星、海王星が強調されたチャートを「理想主義の傾向がある」と分析する。

これらの象徴をチャートに持っている人たちは、基本的に豊かな感受性を持ち、美しいものや優しいものを愛し、世界をよりよくしたいと願い、それがポジティブに出た場合、占星術的な言葉で言えば、理想主義を太陽の目的意識とともに利用した場合、理想に向かって進んでいくパワフルなクリエイティビティとなる。

その純粋なエネルギーが内向きに働くと、つまり太陽の力をうまく使えない場合、理想主義はお人よしすぎたり、いい人ぶったり、自分のリソース(能力、時間、お金、労力、身体)を他者のためにじゃんじゃん使ってしまったり、物事が悪くなることを受け止めきれず見て見ぬふりをしたり、辛い現実から逃避をしたりして物事の解決を後回ししたりとネガティブな表出の仕方をする。

いつまでもピュアな感受性の持ち主である一方、精神的にちっとも成長せず、こじらせたまま大人になる人たちも少なくなく、けれど無駄が多いからこそ文化や美に対する理解も深く、だからこそ、このパワフルなエネルギーの使い方を学ぶことができれば、実に建設的な結果を残すことができるという特徴を持っている。

使い方のコツは、まず「近視眼」にならないということだ。
特に、一番遠い天体である海王星(冥王星は準惑星)は、遠視くらいじゃないと焦点が合わない。
明日の献立のためとか、彼の気持ちはどうかとか、そんなささやかなことを叶えるためには海王星は存在していない。
海王星のエネルギーとは、エゴから離れ、100年後の未来のため、大きな全体への奉仕のために利用すべき種類のものである。

ささやかな問題で大騒ぎするから、海王星タイプの人はいつでも不安に襲われている。
近視眼になっているせいで目前がぼやけて見えなくなり、どうしたらいいかわからない!と大騒ぎする。

そんなときは、そのエゴを手放すしかない。
そして、静かに深呼吸をして、少しでも遠くの未来に意識を向けることだ。
そうすると、必ず答えは自分の中にあることがわかる。

実際、自分でもわかっているのだ。
人にかまけたり、報われない努力を続けたり、無駄な道ばかり選択したりしているのは、本当の問題から目を背けていること、自分にとって決して理想とは言えない、思い通りにいかない現実を受け入れるしかないということに実際は気づいているはずなのだ。

今回の逆行を伴った魚座の水星の時期(2/10~4/17)に、まさにそんなテーマが浮きぼりになった人もいるのではないだろうか。
木星、海王星と強いコンタクトを取りながら、しばらく理想と現実との間を行ったり来たりしていた水星・魚座期。

心底の自分の一番弱く、柔らかいところを触れながら、いよいよ4/11には木星も逆行を開始した。
ようやく現実と折り合いをつけることになる。

いつかどうにかなると思っていたけれど、結局、どうにかするには自分が動かなければならない。
いよいよ重い腰を上げなければならない。
長いこと抱えている慢性的な問題を解決していかなければならない。

ここからだ。
理想主義の人たちが射手座木星の強すぎるパワーに煽られ、ヘトヘトになりながらも、その期待やその理想が崩れたそのとき、「私」の進むべき道がようやく姿を現すことになるだろう。

水星・魚座期で思い出した懐かしい人、過去のよき思い出、うまくできた仕事…それらは既に理想化された過去の産物で、それは決して取り戻すことはできないし、取り戻したところで自分のイメージしたものとは既に違うものになっており、失われるべきものだったということ。

水星は魚座から牡羊座に移り、もう現実を歩み始めているのだ。
どこへ行く?
何をする?

水星と火星はミューチュアルレセプション。
新しい世界を新しい考え方、新しいやり方、新しい言葉で始めるには持って来いの時期だ。

人生は試練でも、苦しい現実を耐えるものでもない。
頑張って何とかするものでもない。
そういった無駄な理想主義を手放し、心から楽になるためには、一度は自分自身の力で人生に真っ向から勝負を仕掛けていかなけばいけない。

つまり、ネガティブな理想主義から脱出するためには、自分の太陽活動(個性、独立、自分の理想に向かって自身の力で輝く)を真剣にやるしか道はない。

太陽神アポロンの神殿の“汝自身を知れ” 、老子の言葉”足るを知る者は富み、強めて行う者は志有り”ではないけれど、ないものねだりはやめて(=過ぎた理想はやめて)、自分の”今”を生きるしかない。

理想主義の人は、実際はただ脆弱なタイプというわけではない。
世界をよりよくしていく力を持った強いパワーの持ち主であるはずなのだ。

現実を受け入れ、事実をしっかり認識した後、もう一度、自分の能力を外に向けて使っていく努力をする。
パワフルな創造力を言い訳や堂々巡りのために使うのではなく、新しい未来を創造するために利用していく。

今は、それをするのにふさわしい時期だと思う。
獅子座は「アンナチュラル」 だからこそのクリエイティブ
先日、私の古くからの知り合いのキャスティング会社の社長さんやデザイナーさんなど、女性ばかり12名ほどが集まったある会に参加させてもらった。
みんなおしゃれで豪快で楽しい人たちばかりなのだが、その中でも私の大好きなアートディレクターの方とちょうど向かい合わせの席に座ることができた。

NYで賞を取るなど、CM業界でずっと活躍している素晴らしい才能の持ち主の女性なのだけど、仕事をしてないときはいつもなんだか自虐的でダメダメで、それがとってもおもしろく、いつも笑わせてもらっている。

鑑定を何回かさせてもらっているので、彼女が獅子座の太陽の持ち主であることは知っているのだけれど、女子会もいよいよ宴もたけなわになり、彼女はいつものようにサービス精神で自虐的にこんなことを言い始めた。


私はね、アンナチュラルな人間なんですよ。
好きな人を前にしたら、右足と右手を同時に出してしまう、そんなおかしな人間なんです。
そしてね、とっても作為的な人間でもあるんです。
いつもなんかぐちゃぐちゃ考えている。
だからね、「自然体」とか言っている人なんて、私からすると嫌味でしかないんです。


これを聞いたとき、私は一人でハッとしていた。
そうだ、そうだ、獅子座ってアンナチュラルなサインなのだ。

アンナチュラルとは、「不自然な」「わざとらしい」「気取った」という意味になる。

確かに。
私の知っている獅子座は、なんだかみんな不器用で作為的で、段取りしないとうまくできない小心者で、どうふるまったらいいかわからないから、とにかく堂々としているふりするしかなくて、だから変にわざとらしくて、でもそれがオモシロくて。

それはそうだ。
12サインで一番作為的なサインのはずなのだ。

だからこそ、宝塚スターになったりできるわけで、自然体だったらあんなド派手でまどろっこしいことなんてやりたくないし、でもだからこそ、創り出すことに意味があるわけだし、その力で人に夢やロマンを与えることができるということだ。

「あるがまま」「ぼくとつ」な牡牛座に反発すること、超えていくことで、2番目の不動サイン・獅子座というサインが成立する。
獅子座のココ・シャネルの言葉では「天分は、持って生まれるもの。才能は、引き出すものよ」ではないけれど、「そこにあるもの」をどう料理するか、あるのかないのかわからない不確かな自分の能力と格闘し続けることが獅子座の仕事みたいなものだったりする。
その作業は、とても自然体などではいられない。

だから、太陽活動は自分の中のナチュラルと向き合い続ける必要がある。
どうすれば自分の「好き」を超え、もっと美しく、もっと輝かしく、もっと人が喜ぶ光を放つことができるのか。

結局、太陽を表現するということ、創作というのもそういうことなのかもしれない。
自然体で生み出したものなど何の面白みもない。
生み出すことの違和感、矛盾、葛藤などを感じながらも、自分の中の完成形を見つけていく行為。

いつまでたっても、自分を打ち出すこと、表現することに慣れないのはこういうことなのかもしれないね。
後悔、反省、内省、分析、しおれたり、恥じたり、落ち込んだり、つまり乙女座の補完がこれにあたる。

だから、表現とは飽くなき調整なのかもしれないね。
「成功」「幸せ」「安心」のための一般化されたフォーマットなどない 
おそらく私のところだけでないと思うが、多くの人たちが新しい時代のための新しい生き方を目指し、自分でコンサルタントやセミナー講師、ワークショップやお茶会の主催などの事業を興そうと相談にやってくる。

そして、そういう人たちの多くは、集客ビジネスセミナーやら、〇〇コンサルタントという人たちにまあまあのお金を払って、ITやSNSなどの利用方法やら、HPの見せ方などを教わったりする。
または、これは昔から存在しているが、「自分を知る」という態で多額のお金を自己啓発セミナーに投資したりもしている。

これまでは「めちゃくちゃお金に余裕がある人なら、暇つぶしに自分探しを好きなだけやればいいじゃん」とのんきに傍観していたが、今は、みんなが切羽詰まって自分の未来を考えているわけで、そしてそれに対し、それも切羽詰まった業者たちがFacebookなどを使って本気で獲物を狙ってくるわけで、これは由々しき自体だなあと、なんだかひとり暗い気持ちになったりしている。

牡牛座火星の最後に、または牡牛座天王星のスタートにあたり、もう一度、自分のリソースの大切さと、そしてその扱い方を見直したいなあ、見直してほしいなあとしみじみ思う。

その際、最近のチャート分析のひとつとして、強すぎる山羊座・土星や射手座・木星が私にとって懸念材料になっている。

社会的報酬の天体と言われている木星(そういう読み方するから、多くの人たちが木星に踊らされちゃうのだけど)が一般的な成功や幸福のイメージをつくり、土星がそれに沿ったフォーマットなり、メソッドなりを構築し、それを一般論として提供する。
そういった方法論が巷にあふれかえっているように見える。

○○をすれば人が集まる。
○○をしないと時代から後れをとる。
〇〇で収入をもっとアップする。
○○をすれば結婚できる。

気持ちはわかる。
彼らはプロだから、スキルはある、人が惹かれるキャッチコピーをつくるのもうまい、そして自分は広いビジネス界で迷子になりそうになっている。

けれど、私が見てきたいわゆる成功者――イチローは先日の会見で、「どこからが成功でどこからがそうじゃないかを判断できない、だから僕は成功という言葉が嫌いなんですけど」と言っていたね――は通常の方法論に甘んじることなく、自分のスタイルとペースを模索し続けている。
クイーンのボヘミアンラプソディーの完成秘話じゃないけど、むしろ周囲に「NO!」と言われたときこそチャンス、常識の突破の時期、自分の殻を破れるときなのかもしれない。

そのうえで、プロの声を聞く。
最初から手取り足取りお任せするのではなく、自分に合うサイズ、資金、価値観、スタイル、個性を十分にわかったうえで、自分にはどうしても足りない知識を補ってもらう。
一人の旅路が不安な時、サポーターや理解者として、突破口をもたらす客観的な視点として彼らの存在をうまく利用する。

「成功」「幸せ」「安心」のための一般化されたフォーマットなどない。
そういうのを求め始めたときから、不安と無個性化がはじまる。

「個」を生きる時代と言われる時だからこそ、占星術で言えば個人天体の力を強める必要がある。
最初からカッコつけることなどない。
チープでつぎはぎだらけでも、自分らしさがにじみ出ていれば、その個性を買ってくれる人は少なからずいる。
個人で少しずつ世界をつくっていくなら、まずは一歩一歩、自分のやり方で進めていくこと。
1年や2年で簡単にものにできるものは、1年や2年で時の流れの中で消滅することになる。

自分が長く付き合ってきた自分の姿で勝負できるよう、その個性が消えないやり方を模索すること。
それがわかっていれば業者に食い物にされることなく、不安を感じることなく、コツコツと歩みを進めていけることになるだろう。

そんな私もアドバイスする立場なので、それぞれのリソースを大切にしつつ、その人のやり方で進んでいけるよういいやり方はないかな、を模索中。
それはもちろん簡単ではない。
人生は日々精進ですね。
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